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孤独と感性と理性

どのような瞬間に孤独を感じますか?
あなたが今感じている孤独は、ほんとうは自分の中に生じた感情を蔑ろにしているだけなのではないですか?

孤独を感じるとき

忙しくて苦しい、あるいは何かを失って悲しいなど、人は不幸な感情に晒されたときにふと強い孤独を感じることがあります。
対して、幸福な状態、つまり何かに熱中しているときや満ち足りているときに孤独を感じるという人は聞いたことがありません。

幸福な状態でも、誰かと幸せを分かち合いたい(のに、そうできない)と思ってしまうことで孤独を感じるという人もあるかもしれません。
仮に分かち合えないことが原因で孤独を感じているのだとすれば、それは実際には対象の出来事自体がその人にとって本当の意味での幸福ではないのでしょう。
なぜなら、その人は少なくとも、対象の出来事よりも「分かち合える人間関係」に対して幸福を感じているからです。

受け止めれば、何てことはない

冷たい風が吹く冬の日には、不快を感じて反射的に肩を縮め、思わず「寒い」「早く中に入りたい」と口にしてしまいます。
しかし、ひとたび反射的であることを止め、意識的に「『寒さ』の存在」を捉えてしまえば、先ほどまで感じていた「不快」は消え去ります。 むしろ、寒さが肌を刺す感覚から生きている喜びを感じることだってできます。

「孤独と不幸」も「不快と寒さ」の関係と同じように考えることはできないでしょうか。

人が孤独だと感じるとき、その後ろ側には孤独を感じる引き金となった何か不幸な出来事の存在を疑ってみます。
原因となった出来事を意識的に受け止めることができれば、「不快」同様に「孤独」もすうっと消えてしまうものです。

自分と向き合えないと余計に孤独を強く感じる

好ましくない出来事を意識的に受け止めることは、そう簡単にできることではありません。 多くの人は見てみぬフリをしてやり過ごしているのではないでしょうか。

人間の誇るべき適応能力によって、年をとるにつれ自分を騙す術もうまくなります。
大人へと成長する中で、いつからか感性は理性によってネグレクトされるようになります。
内面の二者(感性と理性)の間でさえ離別しているのだから、孤独を余計に強く感じてしまっても不思議ではありません。

ここで重要なのは、理性=自らの意志ひとつで、孤独という感情を弱めも強めもできてしまうということです。